2025年12月17日、大阪。日本最大級のスタートアップ・カンファレンス「Startup JAPAN 2025 in 大阪」において、一つの歴史的なセッションが開催されました。テーマは**「『万博の成功』に見る これからの事業づくりと街づくり」**。

登壇したのは、慶應義塾大学教授の宮田裕章氏、阪急阪神不動産の谷口丹彦氏、inspiring dots代表の重松健氏。モデレーターをリブ・コンサルティングの関厳氏が務め、万博閉幕後の日本が目指すべき「都市のあり方」について、熱い議論が交わされました。

本記事では、このセッションの内容を「公共哲学」の視点から紐解き、これからのグローバルビジネスと都市開発の指針を探ります。


1. 文明の転換点:大量消費から「共鳴」の時代へ

万博大屋リングの夕日
万博静げさの森の地図
万博静げさの森

2. 空間資産の再定義:なぜ「一等地」にビルを建てないのか

不動産開発におけるパラダイムシフトを体現しているのが、大阪・梅田の「グラングリーン大阪」だ。阪急阪神不動産の谷口丹彦氏は、デベロッパーの常識を覆す戦略を明かした。

坪単価から「体験価値」へのシフト

通常、大都市の一等地であれば、容積率を最大化して高層ビルを建て、賃貸面積を稼ぐのが定石だ。しかし、うめきた2期開発では、約9ヘクタールの土地の半分以上を「公園(緑地)」に充てた。

「大阪は世界的に見ても1人あたりの緑地面積が極めて少ない。市民の声を結集し、行政と民間が手を組んで『緑の心臓』を作る決断をした。これは、短期的な不動産収益よりも、都市全体のシビックプライド(誇り)と長期的な資産価値を優先した結果だ」と谷口氏は語る。

大阪グランドグリン

この広大な公園は、単なる休息の場ではない。PRADAのようなグローバルブランドが文化発信を行い、京都大学が生物多様性の実験を行う。さらに隣接するイノベーション拠点**「JAM BASE」では、スタートアップと大企業が日常的に交わる。 公園を「公共のコモンズ(共有財)」と捉え、そこから生まれるコミュニティの密度によって都市の競争力を高める。これは、都市を物理的な箱ではなく、「都市OS(Operating System)」**として捉え直す高度な戦略である。


3. 「床の呪縛」を解く:ナラティブとテクノロジーの融合

建築家の重松健氏(inspiring dots inc.代表)は、ニューヨークを拠点に世界20カ国以上で都市設計に携わってきた経験から、日本の都市開発に鋭い一石を投じた。

ナラティブ・ファーストの開発手法

重松氏が危惧するのは、建築業界に蔓延する「床の呪縛」だ。面積を最大化し、いかに高く貸すかというビジネスモデルだけでは、世界中のどこにでもある没個性的な街しか生まれない。

そこで彼が提唱するのが、「ナラティブ(物語)」から入る街づくりだ。

  1. 物語の定義: その街でどんな人が、どんなライフスタイルを送るのかを1人称で描き、短編映画を作る。
  2. デジタルツインでの検証: AIエージェントを搭載した仮想空間(デジタルツイン)に、その物語を流し込む。
  3. 行動シミュレーション: 「緑視率が何%あれば人は留まるのか」「どんな配置ならイノベーションが起きるのか」をAIが検証し、設計を調整する。

重松氏は、東京の「Tokyo G-LINE(高速道路の緑道化)」や、大阪の水辺を活用した「B-LINE」構想を通じ、公共空間をイノベーションの実験場に変えるべきだと主張する。船を第3の公共交通として活用し、水辺に眠る経済価値を呼び起こす。そこには、フォートナイトのようなメタバース空間や、最新のモビリティ技術が融合する。


4. 公共哲学の実装:PrivateとPublicの融合

今回の議論に共通していたのは、「私(Private)」の利益と「公(Public)」の利益を対立させないという思想だ。

宮田教授は「お金は手段であって目的ではない。未来への問いを開く場所として街を作るべきだ」と語り、谷口氏は「民間と公共が共にアイデアを出し、お金も出し合うことで画期的な空間が生まれた」と総括した。

万博静げさの森

これは、かつての「お上(政府)」が公共を決める時代から、市民・企業・テクノロジーが共創して「公共」をアップデートする時代への移行を意味している。大阪は、その「リビングラボ(生活実験場)」として、世界で最もエキサイティングなフェーズに入っている。


5. 中華圏投資家への示唆:大阪という「未来社会のプロトタイプ」

中華圏のビジネスリーダーにとって、ポスト万博の大阪は以下の3つの点で極めて魅力的な投資対象となるだろう。

「JAM BASE」で開催された共創イベント
「JAM BASE」共創イベントの参加企業
  • 共創のプラットフォーム: 「JAM BASE」のような拠点を通じて、日本の高度なアカデミアや老舗企業との連携が容易になる。
  • 実証実験の聖地: 空飛ぶクルマ、AI都市管理、バイオテックなど、社会実装が難しい技術を「街全体」で試せる環境がある。
  • 文化とラグジュアリーの再定義: 単なる消費ではなく、日本独自のナラティブに基づいた「新しい豊かさ」を提供する不動産・サービスへの需要。
「JAM BASE」で開催された大阪グランドビールの共創イベント、多国籍の方が参加された

結論:商人の街から、未来のプロトタイプへ

「商人の街」の大阪は、古くからの「合理性」と、万博がもたらした「実験精神」を併せ持つ稀有な都市だ。現在の日本の街づくりは、テクノロジーの力で「公共」を再設計する、世界でも先駆的な試みである。

この「都市OS」のアップデートに参加することは、単なるビジネスチャンスを超え、次の文明のスタンダードを共に形作ることを意味している。万博の閉幕は、本当の意味での「大阪の始まり」を告げるファンファーレに過ぎない。